【辛かった話】完母になりたくて頑張った私。しかし、混合から完ミへ。

完母のアイキャッチ

こんにちは、かめこです。

息子が一歳半となりました。新生児の頃に比べ、かなり楽に育児ができるようになってきました。本当にここまで長かったです。何度消えたいと思ったことか。

この長い道のりで産後、「もう嫌だ。今だけ今だけって言われるけど辛い。早く楽になりたい。」と痛烈に思ったのは授乳です。

授乳といっても完母になろうと頑張ったけど、混合を経てついに完ミになりました。(残念ながら完母にはなれませんでした。)

でも、超ストレスフリーになって息子がより愛おしくなったよって話です。

今この瞬間にも完母になりたくて悩みに悩んでいる方、自分の大切な人が悩んでいる方には、特に読んで欲しいです。

少しでも心が軽くなりますように。

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目次

完母とは?混合とは?完ミとは?

まず、最初にこの単語の意味わかりますか?

妊娠してスマホでググるまで、私はこれらの単語のことを知らなかったです。

答えはどれも授乳方法となります。

以下、わかりやすく表にまとめます。

完母完全母乳の略称。文字通り母乳のみで赤ちゃんを育てます。別名、母乳育児
混合混合栄養の略称。母乳と粉ミルクで赤ちゃんを育てます。別名、混合育児
完ミ完全ミルクの略称。文字通り粉ミルクのみで赤ちゃんを育てます。別名、ミルク育児

まぁ文字通りですね。

そして、タイトルにもある通り私が目指したのは母乳のみで育てる完母です。

今思えばこの選択は、辛く厳しい毎日の始まりでした。

完母になりたかった理由

正直、これは上手く説明できません。あえて言うなら、私は母親だから。ですかね。

妊娠→出産まで我が子とは一心同体です。そんな我が子に自分の体から出る母乳を飲ませたいと思うのは、自然なことではないのかなと思います。

あとは、母乳が出ること・母乳を与えられることが、私の中で一人前の母親を証明できるものだったと感じています。言わばプライド。しかし、今思えばこんなプライド全くもって必要ありませんでした。

産後から退院まで

哺乳瓶でミルクを飲む赤ちゃん

結論から言うと、私は退院前に一度も母乳での授乳をすることができませんでした。入院中は全て粉ミルクで対応。

妊娠後期からきちんとマッサージもして、初乳も搾乳機でたっぷりとでました。

「えぇ!?こんなにでたの?すごいじゃない。」と助産師に言われたのを今でも覚えています。

でも、息子が吸い付いても母乳がでないんです。助産師にも授乳の方法・姿勢が正しいかを確認してもらいました。授乳のタイミングで、部屋に検温等の用事で訪れる助産師全員に聞きました。

皆さん揃って「間違ってはないのにねぇ~。何でだろうね~。まだお互いのタイミング掴めてないし、お家帰ってから頑張ればいいよ。」と。

母乳はでているのに息子にあげられない自分が惨めなのと、息子が一生懸命吸い付いているのに一滴もあげられない自分が、ただただ情けなかったです。

さらに、私が通った産院では母乳であげた前後で入院患者一覧表に体重を記録するシステム。一覧表には同じフロアにいる産後ママさん達の名前がズラリ。その隣には体重。

毎回体重が変わらない4桁の同じ数字が、私の名前の隣に記載されています。とてもとても自分が惨めで、悲しかったです。

完母の前に、一滴すら直接授乳ができない…。なんで。なんで。他のママに出来ることが、私には出来ないの?どうしたらいいの?とずっと当時は考えていました。

そして、ここから私の直接授乳の奮闘がはじまりました。

直接授乳が成功→混合育児へ。桶谷式は神様。ありがとう

桶谷式直接授乳訓練用 母乳相談室 乳首SSサイズをネットで購入。

入院中の粉ミルクでの授乳に危機を覚え、息子が哺乳瓶でも直接授乳の感覚を忘れないようにと購入しました。

・ネット限定商品

・乳首の穴が他の商品より小さく、傾けてもミルクが漏れない

・母乳哺乳に移行するためのトレーニングに作られた専用哺乳瓶

当初、私は恥ずかしながらリサーチ不足で乳頭保護器を知らなかったです。

乳首にキズや痛みのある時でも授乳できる保護カバー。陥没乳首等、乳首に問題がある場合にも楽々使用でき母乳育児へと促す。

乳頭保護器を素直に買えば良かったのですが、ケチな当時の私はわざわざ追加で買わなくても『直接授乳訓練用乳首だから、この乳首を乳頭保護器として使用すればいいのでは?』という軽い気持ちで、乳首SSサイズを乳頭保護器変わりに使用しました。

周りから見たら、なんとも面白い光景。友人には「そんなとこでケチらずに素直に買えばいいのに。」と言われましたがね。

しかし、これが見事に大当たり!!息子が吸いだしたのです。退院後4日目にして、直接授乳に成功したのです。

嬉しかった。本当に嬉しかった。声あげて泣いた。

そこからは完母にむけて以下の努力を行いました。

こちらはガラス製。完母を目指すママには母乳相談室が必需品です。口コミ数は500件以上。買わないと損です。

完母にむけて努力したこと

頻回授乳

これは鉄板ですね。1日に何十回と授乳をすることです。

お腹がすいて泣いているようであれば、ひたすらにひたすらに吸わせる。質より量の勝負です。

夏でしたので、冗談抜きで家の中では常に上半身裸でした。

頻回授乳は、はっきり言って睡魔との闘いです。眠くて眠くて辛い、逃げたいもう嫌だ、ということしか記憶にありません。

※特に、夜間に授乳を行うとホルモンの関係で出が良くなると言われています。授乳のボーナスタイムとも言われていますよね!実際に、私も出が良くなりました。

食事改善

母乳に良いといわれる根菜(大根、人参、じゃが芋等)を、たくさん食べることを心掛けました。その中でも特に、人参とさつま芋をよく食べました。トマトやキュウリなどの夏野菜は体を冷やすので、念のため控えました。

水分補給も大切なので、3食に必ず温かいスープをつけていました。大きい鍋を購入して、具材をいれて煮込む簡単料理です。毎晩作っていました。鶏胸肉やひき肉を軽く炒め、大きい鍋に水とコンソメキューブ・炒めた肉・根菜でグツグツ。

また、質が高い母乳をあげたいのでお菓子は完全に控えていました。その代用として、さつま芋を食べていました。

水分は、スープを含めて一日2L以上必ず摂取するようにしていました。

タンポポ茶

有名品を含めて2種類試しました。そのうちの1種類を継続して飲みました。(片方は、息子に下痢の症状が頻繁にでるようになったので中断。)

出が良くなりますように!と祈りをこめてガブガブ飲みました。お金はかかりますが、これも全ては完母のためでした。

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母乳量が足りず泣き喚く息子。混合育児をしつつ完母を目指す。

泣く赤ちゃん

直接授乳は成功したものの母乳量が足りず、何度も何度も授乳を行っていました。

1日中、胸には息子が居ました。心身ともに、どうしても辛い時は粉ミルクで母に授乳を頼んだりしていました。(産後は里帰りをしていました)しかし、それも実家にお世話になっているから可能なこと。

産後1か月が過ぎ、家へ戻り旦那と息子と私の3人での生活が始まります。上げ膳据え膳だった実家が恋しく何度も帰りたいと思いました。

旦那は朝6時に出勤、帰宅は22時を過ぎるか過ぎないか。早く帰宅できても、21時過ぎ。

私は完母を目指して、ひたすらに授乳。不足な部分は粉ミルクを使用。そんな授乳生活が続きました。

慣れないお風呂も寝かしつけも全て私。私のお風呂は5分シャワー。『湯船?何ですかそれ?』状態でした。

もう無理。辛い。肉体的・精神的に限界をむかえた。

悲しい女性

3人での生活が5カ月たとうとしているのに、授乳の回数がなかなか減りませんでした。それどころが、粉ミルクの割合も増えている。どうすれば…と考える日々。

少ない睡眠時間や粉ミルクの割合が増えている焦りからなのか、イライラすることが多くなりました。

しかも、私の会話相手は旦那のみなのに顔を合わせることが少なくなりました。お喋りをすることが極端に減りました。残念なことに外へ出る気力と体力は当時の私には有りませんでした。

家も汚くなり、ごみ箱にたまるのは旦那が食べた冷凍食品やグラノーラの空き袋。家が暗くなるのと同時に私の性格も暗くなっていきました。

少ない睡眠時間による肉体の限界。そして、母乳信仰が高い方々からの「なんだ母乳じゃないんだ。」「私は母乳で3姉妹育てたわよ。」「ちゃんと水分とってるの?栄養価の高いものを食べなさいよ」という言葉を数々頂き、私は精神的にも限界をむかえました。

母乳では足りずギャァギャァと泣いて寝てくれない息子。でも、粉ミルクをたっぷり飲むとスヤスヤ寝ます。

そんな息子をみて「なんで、なんで、こんなに頑張っているのに私からは満足いく量の母乳がでないんだ。母親として母乳があげられないなんて…」と何度か息子の隣で泣きました。 

旦那の言葉

旦那が休日の時は粉ミルクで授乳をしてくれているのですが、6カ月目を迎えたある日。旦那が授乳をしながら放った言葉が、私を完母になれない苦しみから解き放ってくれました。

「なんで完母じゃなきゃ駄目なの?なんで?そんなに頑張らなくてもいいんじゃない。もっと力ぬいたら?ミルクは俺も俺の親も皆が息子にあげられるんだよ」と。

言われた瞬間は、正直かなりイライラしました。もっと私の今までの頑張りを認めてほしい褒めてほしい私は初めての育児をワンオペで必死に頑張っている。男のあなたに何がわかるの?と当時は思いました。

でも、一人になって冷静に考えるんです。この6カ月、なんで私はこんなに完母を頑張っているんだろう。なんでこんなに辛いことを選択したのだろう。なんで私は完母に憧れているのだろう。なんで粉ミルクじゃ駄目なんだろう。

誰が?なんのために?私は誰のために頑張っているのだろう?息子のため?

答えは自分のためでした。

私の周りは圧倒的に完母で育てていた人が多いので(会社の先輩・高校からの親友等)、私も負けじと頑張っていたのだと思います。

別に母乳が一滴もでないわけではない。初乳だってあんなに量でたし、私は完母になれる。絶対に絶対に。

母乳が一滴もでないなら、とうの昔に諦めていたでしょう。中途半端に母乳がでることが、私のプライド、いわば私の秘めたる母乳信仰を促していたのです。

しかし、粉ミルクでも全く問題ないのです。私と弟は完ミで育ち、病とは無縁です。

きちんとした栄養・授乳間隔の安定・誰かに授乳の依頼が可能・食事に気を使わなくて済む等々

完母への憧れから私は粉ミルクのメリットに完全に目を背けていました。

そうしたことに旦那の一言でようやく気づき、私は完全ミルク育児をすぐに始めました。きっと、心の底では一刻も早く楽になりたかったのでしょう。

完全ミルクを初めて1日、あんなに嫌だった授乳がとっても楽しいものだと気づきました。

完母を目指していた頃は、「飲んで、飲んで、たくさん飲むんだよ。」と息子の顔をじっーと見ていました。ミルクにすると、息子のおでこ・目・まつ毛・鼻・頬・口のどれもが愛しいのです。

月並みですが、「ほんと私の息子は世界一可愛いなぁ」と息子の顔を見ていた自分に驚きました。

精神的に余裕ができると、見方や感じ方が変わるものだなと思いました。

やり残したこと

私は母乳相談室や母乳マッサージ(桶谷式)に通う事はしていません。「それって本気で完母目指したっていえるの?」思いますよね。

当時の私の外出は、情けないですが徒歩1分のスーパーへ行くことがやっとでした。車も旦那の通勤で使用する一台しか所有しておらず、自分1人で遠出をすることが不可能でした。母乳相談室や母乳マッサージに通っていれば、もしかしたら完母になれていたのかも知れません。このことは、唯一の心残りになっています。

★完母にしたいママは桶谷式に通うことをおすすめします!

まとめ。完母じゃなくてもOK!ストレスフリーが大切です

笑顔の赤ちゃん

冒頭でありましたように、私は憧れていた完全母乳を諦め、完全ミルクを選んだことによって授乳へのストレスがフリーになりました。気持ちの余裕は我が子への愛しさへと繋がります。

完全母乳が偉いということも、混合育児や完全ミルクが悪いということも絶対に絶対にあり得ません。それぞれにメリットやデメリットがありますし事情や悩みを抱えていることだと思います。

今、この瞬間をいかにストレスフリーに楽しく我が子と過ごすか、それが重要だと今回の件で感じました

当時の私はしかめっ面で息子に授乳をしていたと思います。息子からみれば上からしかめっ面の女が、ほぼ1日中のぞいているって怖いですよね(笑)

覗くなら笑顔で覗きましょう!

授乳期間は驚く程あっっっという間に過ぎます。

あんなにフワフワで軽かった我が子も、すぐに米袋のように重くなります。

どうか今の授乳期間を楽しんでくださいね。完母になれたらそれでOK!なれなくても何も駄目じゃない。

全国の母乳に苦しむママの心が一人でも多く軽くなりますように!

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